空港に泊まった話。

1月に届きましたって連絡が空港から来て、ちょうど寒波が接近しているタイミングだったけど「待てない!」ってなって翌日に2人で関西国際空港まで車で取りに行きました。こちらもはじめてのことだらけ。検疫を通して、通関を通すための書類を用意して。全部書類は作っていったけれども、向こうでこのハンコ、次はあっちでこのハンコ…と3か所くらいを何度も何度も行き来しないといけなかった。カーゴ会社から、届いた豆を借り受けして植物検疫の抜き取り検査を手慣れた感じで通す。気疲れからローソンで休憩←ここ重要。税関受付のおじさんから16時に暴風のため連絡橋が封鎖されるかもって聞いて。でもまあまあ滅多なことにはならないんじゃないかってたかを括っていたんです。なかなか計算通りに進んでいて、17時には予定通りになんとか受け取れそう、なんて喜んでいたけど、風は立って歩けないほど強くなってきた。不安な気持ちになってくるのはどうしようもない。次にそのおじさんの所に行った時、のんびりした声で「閉鎖されるよ」って言うんですよ。あと15分しかない!「おじさんどうするの」って聞いたら「私はここに泊まるからいいけど」とかって。食品検疫所行けてないし、税金をまだ払っていないから間に合わない!ってなって。保税地域というのがあって、税関を通る前の荷物を、空港のバックヤードに保管するエリアがあるんです。一般の空港からは区切られていて、荷受け主が関税払って初めて持ち出せるという場所で。その中で行ったり来たり。

で、手続きは無事終わって輸入許可証を手に保税地域を出たのはいいけど陸と繋がる連絡橋は封鎖。豆は車いっぱいに積んでるけど空港からは出られない。ガソリンが足りてなくて駐車場に停めて車で朝まで過ごすこともおそらく無理ってなって。雪がひどく降っています。まずはガソリンスタンドを聞き回ったんだけど道が封鎖されている先で行けない。保税地域にはやはり封鎖で戻れない。空港ホテルは2軒あって並んでみたんだけど空きは当然ない。強風でまずJRが止まりました。南海電車で難波までは行けるみたいだけど、そこで泊まったところでまた岸和田まで戻ってこなければいけない。迷います。風が弱くなってきたのでネットで関空の連絡橋の情報を確認し続ける。開通する可能性もゼロじゃない。暖をとるため食事をした定食やがひどく混んでいて怒号が聞こえる。1時間くらい待った気がします。これ1人じゃなくてよかったすねって話しながらネットの情報を確認する。南海電車が止まっていました。この雪の感じなら連絡橋が開通するんじゃないかなって言いながら可能性が消えるのを眺めています。…暖かいのは空港内だけ。命の保障は空港敷地内だけ。マクドもあったしローソンもあるからなんとかなるだろう、って。24時まで3時間くらいマクドで喋って、ちょっと横になりたいな角度どうにかならないかな、なんてしていたら寝るのに良さげな特別すいている場所を見つけて。そしたら空港から寝袋とペットボトルの水を支給してもらえたんです。やさしー。

離陸はしないけど着陸の受け入れはしていたみたいで、色々な国の見たこともない服を着た人たちが寝袋を持って時々ポツンポツンと現れます。もちろん空港からは出られません。違う国のいろんな服を着て同じように当惑してはります。奇妙な連帯感が生まれます。色んな国の人たちと雑魚寝する不思議な体験を、まさかの日本でしました笑。枕元にはアジアの人。まさか日本で空港に泊まることがあるとは…笑。翌日14時には開通しました。マクドでWi-fiと電源拾えるし仕事捗るからいいねって言いながら午前中は待ちました。もう一晩泊まりならそんな余裕なかったかも。そんな風にしてやっと届いた豆なんで、一粒も無駄にはしたくないんです。

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